「生後1か月で川崎病?」
「こんなに小さい赤ちゃんでもなるの?」
この記事を読んでいるあなたも、もしかしたら同じ状況で必死に検索しているのかもしれません。
我が家の娘は、生後2か月になる前(生後1か月後半)に川崎病と診断され、12日間入院しました。
川崎病の体験談はネット上にも一定数ありますが、生後3か月未満の低月齢での発症を書いたブログはほとんどありません。
「低月齢だからこそ特殊だったこと」「授乳中の付き添い入院のリアル」を、できるだけ詳しく残しておきたいと思います。
同じ経験をしているパパ・ママの、少しでも支えになれば嬉しいです。
入院の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 疾患 | 川崎病 |
| 発症月齢 | 生後1か月 |
| 入院期間 | 12日間(付き添い入院) |
| きょうだい | 上の子あり(小1) |
| 医療費の自己負担 | 0円(乳幼児医療費助成制度) |
川崎病とは?低月齢での発症がレアな理由
入院中に先生や看護師さんから少しずつ説明を受け、退院後も自分なりに調べてわかってきたことをまとめます。
※あくまで私が体験の中で理解したこととして読んでいただけると嬉しいです。詳しい内容は必ず担当の先生にご確認ください。
川崎病とは、医師から教えてもらった説明によると、川崎病は全身の血管に炎症が起きる、原因がまだはっきりわかっていない病気だそうです。
主に小さい子どもに発症することが多く、適切な治療を受けないと心臓の冠動脈に影響が出るリスクがあると説明を受けました。
川崎病の主な症状(6つの主要症状)
- 5日以上続く発熱
- 両目の充血(結膜炎)
- 唇や口の中の赤み・ひび割れ、いちご舌
- 体や手足の発疹
- 手足の腫れ・赤み、回復期の皮むけ
- 首のリンパ節の腫れ
これらのうち5つ以上が当てはまると川崎病と診断さると説明を受けました。
ただ、症状が典型的にそろわない「不全型川崎病」というケースもあるそうです。低月齢での発症は症状が出にくいため、不全型として診断されることも少なくないようです。
また、入院中の同室の子は、発疹や発赤はほとんどなく、代わりに目の充血が強く出ていました。同じ川崎病でも、症状は本当に人それぞれなんだと実感しました。
低月齢(生後3か月未満)での発症が難しい理由
川崎病の好発年齢は生後6か月〜5歳頃の子供に多く見られる病気で、生後3か月未満の発症は全体の約1〜2%ととても稀なケースだそうです。
さらに低月齢の場合は典型的な症状が出にくく、診断が難しいことも多いと教えてもらいました。
我が家の娘がまさにそうで、目の充血も唇の赤みも「言われてみれば?」という程度。最後まで「わかりにくかった」という印象でした。
発症から入院まで
発熱1日目・夜中:授乳中に「ん?熱い」
夜中に授乳で抱っこしたとき、「ん?熱い…」という感覚がありました。
体温を測ると38.5℃。
体が熱い以外は、娘はいつもと変わらない様子でした。泣いてもいないし、機嫌も普通。
とりあえず小児科に行こうと、朝一で上の子のかかりつけ小児科を予約しました。
発熱1日目・午前:初受診→大きい病院を勧められるも様子見
翌朝、近くのかかりつけ小児科を受診。娘はまだ予防接種も一度も受けていない状況。
受付を済ませると、すぐに個室に案内されました。
「あれ、個室?」——それまで軽い気持ちだったのに、じわじわ「これ、やばいやつかも…」という感覚が湧いてきました。
血液検査をすると白血球・CRP(炎症反応)の値が高く、先生から「大きい病院への受診」を勧められました。
でもこのとき、娘は体温38℃前後で機嫌も良く、体が熱い以外は本当に普段と変わらない状態でした。
「そんなに深刻な感じがしない」と思ってしまったこと、上の子(小1)がいて段取りが必要だったこと——「もう少し様子を見よう」と、その日は自宅に戻りました。
今思うと、あのとき医師の言葉をもっと素直に受け取るべきでした。「元気そうに見える」は、安心の根拠にならない。それをこの経験で痛感しました。
発熱1日目・午後〜夜:発疹が現れ始める
午後から体温は38度後半〜39度超えへ上昇。
そして夜22時頃から、体中に蕁麻疹のような発疹が広がり始めました。
「これは何?」と不安が一気に高まりました。
発熱2日目・夜中:39℃が下がらず、#8000へ
夜中になっても熱は39℃から下がりません。
それだけでなく、授乳時間が短くなり、おしっこの量も減っていることに気がつきました。
「もうこれは待てない」と#8000(子ども医療電話相談)に電話。
翌朝、もう一度かかりつけに受診することを決めました。
発熱2日目・午前:再受診→「病気が隠れている可能性あり」→紹介状
夫にも動いてもらいやすいようにその日はリモート出勤にしてもらい、翌朝に再度かかりつけを受診。
体温は39℃前後、発疹はさらに広がっている状態でした。
医師から言われた一言——
「高熱が続いています。脱水になる可能性、病気が隠れている可能性があります。」
そしてその場で大きい病院への紹介状を書いてもらいました。
発熱2日目・午後:大きい病院で即日入院
紹介状を持って大きい病院を受診。大きい病院でも予防接種していないからと個室に案内されました。
「低月齢児であり精査が必要」と判断され、その日のうちに入院となりました。
このとき、娘の手のひらと足の裏が少し赤みがかっているようにも見えました。
後から「川崎病の手足症状だったのかも」と気づきましたが、当時は「赤いかな?」という程度でした。

入院から確定診断まで
入院時の説明で覚悟を決めた一言
入院時に医師から、こう説明されました。
「風邪なら4日間、尿路感染なら7日間、川崎病なら2週間以上になります」
このとき、正直「風邪で4日で帰れるはず」と楽観していました。
入院受付で「個室か大部屋か」を聞かれ、すぐ帰れるやろし「大部屋で」と答えました。
入院当日(発熱2日目):診断名は「原因不明熱」
入院当日の診断名は川崎病ではなく、まず「原因不明熱」でした。
入院してすぐに各種検査が行われました。
- 尿検査
- 採血
- 髄液検査(脊椎に針を刺す、赤ちゃんにとってもハードな検査でした)
- レントゲン
症状は39℃台の発熱と全身の発疹。感染症を疑い抗生剤の投与が始まりました。
4人部屋に案内され、患児が少なく1人で使えました。そこで経過を観察することになりました。
入院2日目(発熱3日目):心エコーで川崎病疑いへ、前日から治療方針を決定
この日も抗生剤投与しているのに熱は相変わらず38度や39度をいったり来たりしていました。小さい子でも稀に川崎病の可能性があるからと、心エコーを勧められました。
心エコー検査で冠動脈にわずかな拡張が確認されました。
目の充血・唇の赤み・首リンパ節の腫れも、このタイミングで確認されましたが、いずれも低月齢特有の「わかりにくい症状」でした。ハッキリとした充血や赤みではなく、「疑いの目で見れば…」という程度。この日時点で疑いのある症状は4つ。
そして医師からこう言われました。
「川崎病の確定診断ではないですが、明日で発熱4日目になります。治療を開始するメリットの方が大きいので、明日の採決結果や発熱の状態を見て治療を始めましょう。」
確定していないのに治療を始める——最初はその判断の意味がよくわかりませんでした。でも入院中に医師から聞いた話や、退院後に自分なりに調べていく中で、川崎病は早期に治療を始めることが大切な病気だということを少しずつ理解していきました。
「発熱4日目」という言葉の重さが、後からじわじわと伝わってきた感じです。
入院3日目(発熱4日目):川崎病確定診断→治療開始→1時間以内に解熱
採血の結果、いろんな菌に効く抗生剤を投与しても炎症反応がさらに上昇していることが確認されました。
医師の話によると細菌感染であれば抗生剤が効くはずですが、川崎病は細菌感染ではないため抗生剤が効かない——医師から「抗生剤が効いていないこと自体も、川崎病を疑う材料のひとつになる」と説明を受けました。
先述の通り、本来は6つの症状のうち5つ以上そろうと診断されます。娘の場合は目の赤み・口の赤み・発赤・発熱の4つでしたが、入院2日目の心エコーですでに冠動脈にわずかな拡張が確認されていました。「4つ+冠動脈の異常」というケースで「川崎病」と確定診断が下りました。
- 免疫グロブリン(IVIG)の点滴投与開始
- アスピリン内服開始
そして——治療開始からわずか1時間以内に、娘の体温が37℃台に下がりました。そして徐々に発赤、発疹もひいてきました。
「ああ、ちゃんと効いてる」と、あの瞬間の安堵感は、今でも鮮明に覚えています。
先生から「もし効かない場合はグロブリンを追加したり、別の薬を使うこともある」と聞いていたので、1回で効いてくれたことが本当にありがたかったです。
同室の4歳の子は1回目で解熱したものの再度発熱しもう一度グロブリン投与されていました。
後日、担当医から言われた言葉が今でも印象に残っています。
「発症4日目で治療に入れたのは早かったですよ。」
かかりつけの先生に大きい病院への受診を勧められたのに、一日引き延ばしてしまったことをずっと後悔していました。その言葉に、少し救われた気がしました。
低月齢の場合は症状が出にくく診断が遅れやすい——そう聞いていただけに、「早く動けた」という言葉は、あのときの不安や後悔が少し報われた気がしました。
また担当医は、娘よりさらに低月齢で川崎病を発症した赤ちゃんを診た経験があるとも話してくれました。「こんなに小さくてもなるの?」という驚きは私だけじゃなく、医療現場でも稀なケースとして扱われる一方で、経験豊富な先生がいる環境に娘が巡り合えたことは、本当に幸運だったと思います。
入院4日目(発熱5日目):回復へ
- 免疫グロブリン投与終了
- 心エコーで冠動脈拡張の改善を確認
- 発疹・発赤も改善
- 36℃台になり、娘がよく眠るようになりました
「ああ、峠を越えた」と実感した瞬間でした。
炎症値も徐々に落ち着き、入院12日間で退院となりました。
低月齢・付き添い入院、何が特殊だったのか
ここが、一般的な川崎病の入院体験談には書かれていない部分です。
① 授乳がある=自分の体も管理が必要
離乳食が始まっていない生後1か月の赤ちゃんは、栄養のすべてが母乳かミルク。
私は混合育児でしたが、付き添い中も授乳・搾乳のタイミングを維持する必要がありました。
病院からミルクを依頼すると食事療養費(1日分)が発生します。
ミルクを1回でも頼むと1日分カウントされる仕組みで、12日間の入院で7,650円かかりました。
母乳のみで乗り切れる方は、この費用はかかりません。
しかし付き添い入院のストレスや食生活の変化などから母乳は減りました。親の体調メンタルの管理も必要となってきます。
② 産後2か月の体での12日間
出産から2か月も経っていない体での付き添い入院は、体力的にも精神的にも限界に近いものがありました。
産後ホルモンが不安定な時期。
娘の入院という不安、自分の体の回復、上の子の生活サポートの手配——全部が同時にのしかかりました。
入院と夜間授乳による睡眠不足、栄養不足など産後2ヶ月にはかなり身体にこたえました。
③ きょうだいのサポート問題
入院中は、娘だけでなく自宅に残るきょうだいのケアをどう確保するかも課題です。
我が家は近くの義実家に、上の子の晩ごはんと登下校をお願いすることができました。
きょうだいがいる場合は、入院した子だけでなく、残されたきょうだいのサポートをどう確保するかも考えておく必要があります。
12日間の付き添い入院リアルレポート
部屋の変遷
| 期間 | 状況 |
|---|---|
| 入院1〜6日目 | 4人部屋(当初は空き多め、徐々に患児が増える) |
| 入院7〜9日目 | 4人部屋フル稼働 |
| 入院10〜12日目 | 産後ホルモン崩壊で個室へ切り替え(3日間) |
子どもベッドと自分の寝場所問題
娘が使っていたベッドは柵付きのタイプ。足を伸ばして寝られる大きさで、添い寝もできました。
ただ娘が音に敏感な子で、ベッドから抜け出すときに毎回気を遣いました。少し動くだけでフッと目を覚ます。「またか…」と思いながら息を止めて抜けていた夜が何度あったか。
簡易ベッドも借りられましたが、借りると自分たちのスペースがかなり狭くなります。私は添い寝を選びましたが、これは部屋の広さや子どもの状態によって判断が変わりそうです。
ご飯問題——3食コンビニ飯のリアル
付き添い入院中の食事は、ほぼ毎食コンビニでした。
病院の外には出られず、院内のコンビニと売店が頼りの綱。
気づけば舌も気持ちも疲れていく——そんな毎日でした。
週末だけ夫と付き添いを交代し、外に出て「普通のご飯」を食べた瞬間の癒しは忘れられません。
翌週の分も少し仕入れて病棟に戻りました。
ありがたかったのは、院内にレストランがあったこと。
それが唯一の救いでした。宅食(冷凍弁当)の持ち込みも検討しましたが、冷凍庫の確保が難しく断念。
食べることは、付き添いママの体力と気力を守る大事なケア。
食費だけは節約しないと決め、12日間で食費・日用品に34,442円使いました。
同室者の同じく付き添い入院している方は、子供が食事食べられないときは残りを食べていた。徐々に元気になってくると親の食事を確保しないといけないと言っていた。

院内保育が、想像以上に助かった
娘が入院していた病院には院内保育がありました。
保育士さんが病室を訪ねてきてくれて、その月齢に合ったおもちゃや絵本を提案してくれました。ベッドの上で使えるおもちゃの貸し出しもあって、生後1か月の娘でも「これ試してみて」と持ってきてくれました。
それだけじゃなく、お風呂やコンビニのタイミングで娘を預かってもらえるのが本当に助かりました。付き添い者のお風呂は時間が決まっているものの、夜中のぐずりが続いてタイミングを逃してしまうことも多くて。「預かってもらえる」という選択肢があるだけで気持ちが全然違いました。
ミルクを作るスペースが遊びエリアの近くにあって、作っている間に保育士さんが娘を抱っこしてくれていたり、ちょこっと声をかけてくれたり。
そのたびに、ふっと肩の力が抜ける感覚がありました。
「助けてもらっていいんだ」と思えたことが、12日間を乗り越えられた理由のひとつだったと思います。
産後ホルモンの崩壊——個室へ切り替えた10日目
最初の数日間は4人部屋に空きがあり、まだ余裕がありました。
でも入院7日目頃から、徐々に同室に患児が増えて4人部屋がフル稼働に。
そして入院10日目(10月9日)。産後ホルモンの崩壊が来ました。
今まで気にならなかった心電図モニターの音、ナースコール、カーテン越しの会話。
全部が突然引っかかりはじめ、自分でも「もう限界だ」とわかる状態でした。
そこで初めて、「個室に移ります」と申し出ました。
個室に入った瞬間、本当に肩の力が抜けました。
娘が泣いても気を使わなくていい。横になれるスペースがある。
残り3日間(10月9・10・11日)の個室代は34,650円。
でも、あの静けさと回復の時間は、お金では換算できないものでした。
退院後のケア
退院=終わりではありません。川崎病の子は退院後もしばらくケアが続きます。
- アスピリン内服:約2か月間(服薬中は頭を打たないよう注意が必要です)
- 定期検査・経過観察:5年間
- 予防接種:主治医と相談しながら間隔を調整
- 川崎病カードの携帯
「5年間の経過観察」と聞いたときは少し驚きましたが、娘の心臓をしっかり守るための大切なケア。主治医の先生を信頼して、ひとつひとつ進めていきました。
※退院後のケアは担当医の指示に従ってください。内容は状態によって異なります。
費用について
今回の入院でかかった費用は以下のとおりです。
| 費用の種類 | 金額 |
|---|---|
| 医療費(診療代) | 0円(乳幼児医療費助成制度) |
| 食事療養費(ミルク代) | 7,650円 |
| 差額ベッド代(個室3日間) | 34,650円 |
| 付き添い者の食費・日用品 | 34,442円 |
| テレビ・洗濯代 | 3,190円 |
| 駐車場代 | 600円 |
| 合計 | 80,532円 |
「医療費0円=出費0円」ではない——それぞれの費用がなぜかかったか、見落としがちな生活コストも含めて次の記事で詳しくまとめています。
費用の詳細については、次の記事で詳しく解説しています。
👉【関連記事】川崎病で12日間入院。医療費0円でも8万円かかった費用の内訳
知っておいてよかった制度・手続き
- 乳幼児医療費助成制度(自治体によって対象年齢・条件が異なります)
- 高額療養費制度(助成対象外の世帯は要確認)
- 医療費控除(領収書は全部保管!確定申告で申請できます)
同じ状況のパパ・ママへ
「生後1か月で川崎病」は、本当に稀なケースです。
情報を探しても体験談がほとんど見つからず、孤独を感じるかもしれません。
でも、治る病気です。
適切な治療を受ければ、ちゃんと回復します。
私自身、インスタグラムに投稿したところ、「うちの子も川崎病かも」というDMをいただくことがありました。
低月齢の赤ちゃんが高熱を出して、川崎病が疑われているご家族の方——どうか一人で抱え込まないでください。
低月齢の赤ちゃんに発熱があり、大きい病院への受診を勧められたら、迷わず早めに動いてください。
私のように「元気そうだから」「段取りがあるから」と後回しにせず、すぐに動くことが一番大切だと、今は強く思っています。
ちなみに、私が心配していた『段取り』ですが、娘の病院では即入院になっても荷物を取りに一度帰ることができました。動くのを遅らせた理由のひとつが不要だったと知って、またちょっと後悔しました。
この記録が、同じ状況のどなたかの支えになれば、それが一番嬉しいです。
娘は現在、元気に成長しています。
【著者プロフィール】
gocha.mama|41歳、2人の娘を育てるママ。体外受精で授かった娘が生後1か月で川崎病に。Instagramでは片付けで育児を楽にする暮らしを発信中。→ @gocha.mama

